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ベーシックテキスト補完・代替医療―古くて新しい医療へのアプローチ マーク・S・ミコッツイ編 浦尾弥須子監訳 |
日本ホリスティック医学協会設立期以来の中枢メンバーのひとり、浦尾弥須子さんは東京女子医大と慶応義塾大学医学部に学び、済生会神奈川県病院耳鼻咽喉科部長をへて、現在はドイツのシュトゥットガルト郊外にある基幹病院付属オイゲン・コリスコ・アカデミーでアントロポゾフィー(人智学)医学を中心に医療の新しい形態を研究している。
浦尾さんは日本の医大に入学するまえから、西洋医学のほかに「目に見えない本質の世界からアプローチしていくもうひとつの医学」の必要性を直感しており、炯眼にも、「その両者が揃ってはじめて本来的な医療といえる」ことに気づいていた数少ない医師のひとりである。済生会病院で西洋医学的な診療にあたっていた当時から、患者グループをつれて何度もルルドの泉を訪れ、治癒の霊的側面を研究していたのも、彼女にそうした背景があったからだった。
そんな浦尾さんが監訳した本書は英語圏の医大生のためのテキストであり、14名の一流の専門家(映画にもなったパッチ・アダムズ医師など)によって書かれ、版を重ねている。ほとんどが各種代替療法の紹介に終始する初心者のための類書とはちがって、補完・代替医療の哲学から歴史、社会的・文化的背景、統合医療モデルの発展、グローバルな状況にも言及されているところに本書の特色がある。編者は伝統あるフィラデルフィア医師会の常任理事でNIH(米国国立保健研究所)の主席研究員をつとめるなど、バランスのとれた幅広い視野の持ち主である。
本書を通覧してまず興味をひかれたのは、東洋医学に造詣が深いベス・イスラエル病院のテッド・カプチャック医師が18ページにわたってひもといている「生気論の歴史」の項だった。代替医療にかんする考察に不可欠と思われる生気論の意義と歴史について、代替医療の入門書のなかで、ここまで書き込まれた類書を評者はほかに知らない。いや、類書の大半は、生気論についての記述などほとんど見られないというのが実情だろう。
生気論とは機械論に対立する思想であり、生命現象には物理的な原理によって解明することのできない特有の原理が関与しているとする立場をとるもので、広義にはアリストテレスの「プシュケー」(気息、霊魂)という概念や中国(気)、インド(プラーナ)などの伝統思想にも関連するものである。生気論は近代化とともに次第に影を薄くしていったが、ウニの卵発生の実験を根拠に、機械論的に説明できない自律的な目的をもつ生命力としての「エンテレヒー」を提唱したドリューシュなどの生物学者が「新生気論者」と呼ばれ、とりわけ、20世紀後半以降の対抗文化の隆盛につれて、ホリスティック思想などとともに復活しつつある思想である。
将来、医師をはじめとする医療の提供者になる人たちが、たがいに異質な機械論と生気論を、あたかもバイリンガルのように使いこなし、患者が多様な選択肢のなかから適切な治療法を選ぶ際に的確なアドバイスをすべく育っていくための基礎テキストとして、日本でも本書が活用されることを期待したい。
あえて本書の難点をいえば、それは18名にもおよぶ翻訳者のなかに(他の分野の専門家ではあっても)この分野の専門的な翻訳者が少なく、読者に「監訳者の苦労のあと」をしのばせてしまうところと、550 ページ余の大著とはいえ、定価が高価すぎるところにあるが、それでも評者は本書を世に紹介する価値があると信じている。
資料購入が経費で落ちる専門家、代替医療への関心と懐に余裕のある人、懐に余裕はなくとも代替医療を本格的に学びたい人には、座右に置いていただきたい一冊である。
(上野圭一)
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