Ecological Medicine
2009.3.7 更新
健康と環境を考える「エコロジカル・メディスン」3
自然の生産力と都市の消費文化
安 珠 (ボディワーカー、エコロジカル・メディスン研究家)
今年1月に都心から離れて神奈川県の相模湖というところに住んでいる。
3月末ぐらいから、小さい庭を畑にして野菜やハーブの種まきをした。
ゴールデンウィーク前ぐらいから、気温が上がり、雨が適度に降るようになったら、何もなかった庭があっという間に緑に変わっていった。
何が発芽したかとか、小松菜やほうれん草がどれぐらい成長しているかを観察するのが毎日の日課だ。
先日、仕事で新宿に出た時に、駅ビルの中で、ふと、「ここは何も生み出さない場所、消費ばかりしている場所だ」という感覚が突如、わいてきた。東京に住んでいるときには、それほど実感をともなって感じることはなかった感覚だ。
人間が働いて何かを生み出している錯覚にとらわれるが、実は、それも元手としては、石油資源を筆頭とした自然が生み出したものを消費して成り立っている営みだ。
秋になると、よくアスファルトの落葉を掃いてゴミ袋につめて燃えるゴミに出している光景を見る。どれだけ無駄で、なおかつ環境や健康に負荷がかかっているか、お解かりになるだろうか?
もし土のままであったなら、落葉は微生物たちの働きにより、時間が経てば朽ちて土に戻り、腐葉土が積み重なった生産性の高い土になる。しかも、ほうきで掃いたりする手間もなく、それを燃やして二酸化炭素を排出することもない。また、雨が降った時に雨水がアスファルトを通って土中に染み込むが、そこに溶け出している成分は健康にどんな影響があるのだろうと思う。
自然がどれだけの生産力を持ち、バランスを保つシステムを持っているかを理解していたら、便利さや快適さだけを優先して、こんなにアスファルトだらけの場所を作ったり、雑草が邪魔だからといって除草剤をまいたり、草を刈って丸坊主にしたりしないはずだけれど、現代人は平気でそういうことをする。
生まれたときから消費するのが当たり前の世界に私たちは生きている。そしていつの間にか消費するために、あくせく働く羽目になる。昔は自然が衣食住を提供してくれていた。そして癒しや医についても自然の恩恵を受けてきた。
現代の都市生活も自然の恩恵の上に成り立っているが、それが昔ほど日常生活で直接感じることがなくなっている。しかし、生物多様性を失い、生産力を失った自然の上では、人間は生きていけない。今は一刻も早く自然のシステムを理解し、その生産性を高めることを助ける必要がある。
自然は支配すべきもの……それは、西洋から来た考え方だ。
日本には自然との共生の知恵がたくさんあっただろうに、自分達の古来の文化が劣っているかのように教育されてしまったのか、外から来た文化をありがたがってここまで来てしまった。「自分=自然」「環境の健康=人間の健康」という感覚は日本人には刻み込まれているのではと思う。
かといって、昔に戻ろう!ということではない。便利な現代を超えて、新たな価値観を創造する必要があるが、異常な消費文化の中に生きているという自分の立ち位置を認識することが出来たなら、われわれ日本人は自分達のやり方を見つけることができるのではないかと思う。
*6月〜10月に福島県の裏磐梯にて「エコロジカル・メディスン合宿」を開催します。大自然の中で、その癒しの力やスピリットを感じるとともに、参加者同士で問題意識やこれからのビジョンを語り合いたいと思っています。詳しくはアロマグルーヴのウェブサイトをご覧ください。
●安珠さんのサイト
アロマグルーヴ http://www.aromagroove.jp/
エコロジカル・メディスン http://blog.goo.ne.jp/ecomed