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2003/06/17
生命力のシンボル——ミステル
小田 博志(北海道大学大学院助教授)
ドイツでクリスマスの時期になると、道端やクリスマス・マーケットで売りに出される植物がある。真冬だというのに緑の葉を茂らせた植物で、ドイツ語で「ミステル」という(日本語では「ヤドリギ」)。これを人々は買って帰って、家の飾り付けに使うのだ。魔よけの意味があるとか、幸運を家にもたらすのだとか言われる。またこれを吊り下げたドアの下では、若者は好きな女性とキスをしてもいいことになっているそうだ。
日本よりも緯度が高いドイツでは、冬は暗いシーズンだ。11月から12月にかけては、太陽の力も弱々しい。その時期祝われるクリスマスは、単にイエス・キリストの誕生とかかわるだけでなく、キリスト教化以前の冬至祭や太陽神崇拝の名残りだとも言われている。つまり太陽=光の復活を願う意味があるのだ。真冬でも緑のミステルが特別な扱いを受けるのも、やはりこの時期に人々がもつ生命力の回復への願いに由来しているのだろう。
ミステルにはいろいろと面白い性質がある。これは主に樫やブナなどの落葉広葉樹に「半寄生」する。つまり自分の葉で光合成はするが、水分などは寄生した植物からいただくのだ。真冬には寄生先の落葉樹の葉が落ちてしまっている。しかしミステルのあるところだけこんもりと緑になっている。生命力が枯れ果てたような暗い冬にあって、そこにだけ生命が宿っているように感じられる。これは素朴な驚きだ。さらに面白いのは、このミステルが花を咲かせ、実を実らせるのも冬だという点。
かくも不思議な性質をもった植物に、ヨーロッパに住む人々は特別な意味を与え続けてきた。歴史をさかのぼると、ヨーロッパの先住民ケルトの祭司階級ドルイドは、このミステルに「万能薬」としての最高の価値をおいたという。歴史家のミシュレは書いている——「宿り木は冬の開花期に摘み取られる。この時期の宿り木は一段と目立つ。長い緑の小枝や葉や黄色い房になった花が裸の樫の木に巻きつき、不毛な自然の中で唯一生命のイメージを与えるのだ」(エリュエール著『ケルト人』創元社1994年:p.165-6)。
このミステルががんの治療薬として用いられるようになったのは、ルドルフ・シュタイナーの着想によるらしい。そこから開発されたミステル製剤は、いつしかドイツにおいてたいへんポピュラーながんの代替療法の一つとなった。アンプル剤を皮下注射するのが今日での一般的な用い方だ。一説ではドイツのがん患者のおよそ6割がこのミステル製剤を利用しているのだという。またドイツがん研究センターが開設している一般人対象の電話相談で、がんの代替療法に関するものの内、ほとんどの相談内容がこのミステル製剤に関わっているそうだ。
この薬品ががんに対して有効かどうか、これまで数々の試験が行なわれてきたが、いまだ決定的な証拠は出ていない。人智学系の医学者たちがその有効性を喧伝する論文を発表すれば、その一方で自然科学的な研究者は反対の研究結果が出たと主張する。共通した見解としては、ミステル製剤使用によってがん患者に生の質(QOL)と全般的な健康状態の向上が見られるということだ。ここで有効性の証明に関するかまびすしい論争に深入りするのは止めておこう。EBM(科学的根拠に基づく医療)が隆盛を極める今日、代替療法にもランダマイズド・コントロール・スタディのメスが入れられるのは必然かもしれない。しかし僕にはそれ以外にも大事なことがあるように思えて仕方がない。
EBM的な意味での根拠が示されていないにもかかわらず、非常に多くのドイツのがん患者がミステル製剤を求め続けていること、ここに明らかにすべき問いがある。この問いに答えるためには、ミステルのどの成分が統計的に有効かと調べても無駄だ。そうではなく、ミステルという植物の、人々にとっての“意味”を理解しなければならない。がんになるとはたいていの人々にとって、生命の危機を意味する。そのような状況の中でミステルは、真冬のとき以上に必要とされる「生命力のシンボル」なのだ。ケルト以来のヨーロッパの連綿たる文化的記憶が、ミステル製剤に強力な意味を付与している。
EBMだけをもってしては、医療は病いを生きる側が必要とするもの全てを与えることはできない。EBMを「ミーニング・ベイスト・メディスン(意味に基づく医療)」が補ったとき、より人間にふさわしい医療へと一歩近づくのだろう。
おだ・ひろし HIROSHI ODA
専門は文化人類学、平和研究、健康研究。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得退学ののちドイツ留学。ハイデルベルク大学医学部で博士号取得。現在、北海道大学大学院文学研究科の助教授。著書に『最新心身医学』(共著、三輪書店)、訳書に『がんを超えて生きる』(共訳、人文書院)、『質的研究入門』(共訳、春秋社)などがある。
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