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2004/08/05
オルタナティブな町、英国トットネスからの便り1
オルタナティブのメッカ、英国トットネス
高田 彩子(在イギリス)
オルタナティブの都
![]() ダーティントン・カレッジ・オブ・アーツの グレートホール(コンサートホール) |
イギリス南西部の緑にめぐまれた人口約7000人の小さな田舎街、デヴォン州トットネス(Totnes)についてご紹介することになりました。
この街がオルタナティブのメッカと呼ばれるようになった背景にはダーティントン・ホール・スクールというフリースクール(後のダーティントン・カレッジ・オブ・アーツ芸術大学)の存在があります。1926年創設のこの学校は上流階級出身のエルムハースト夫妻の財力と芸術熱が相まってうまれたもの。東京の文化学院や自由学園といった学校にも通じるかとおもいますが、当時の風潮を考えればかなり新しい試みで、民芸運動に関わったバーナード・リーチ氏も楽焼きの手法をこの学校で教え、窯を運営しました。
夫妻が関わったのは学校作りだけではなく、紡織、ガラス工芸や陶芸、林檎酒の製造や農業といった地場産業づくり.で、この学校がもたらしたものは豊かな自然環境に水準の高い文化..という理想的なコンビネーションでした。さらに、エルムハースト夫妻の社交界が先進的な文化人たちをこの地に惹きつけたことも、当時の対抗文化であった東洋思想、神秘主義への傾倒としてあらわれ、フリースクールだけでなく、仏教コミュニティ(後のシャーパムカレッジ)などとして、次世代へ拡がっていったようです。
あの時代
トットネスの街を象徴するメインストリートの時計台 |
さて、時代は60年代へと移り変わる中、こうした対抗文化は一部の知識階級だけによるものでなく、広く一般の若者たちの文化として急展開しました。そう、あの時代の到来です。私の夫(1952年生まれ)は70年代にロンドンの無断居住者地域を占拠していたヒッピーでした。彼が80年代にトットネスに移り住んだのもダーティントン・カレッジでのNon Western Music(民族音楽)の学位コースがきっかけでしたが、この街にはこのカレッジとの縁で移り住んだ芸術家や作家が大勢います。
こうした人々は俗に「オルタナティブタイプ」と呼ばれ、その特徴としてはラフな服装とエコロジカルな生活スタイルと清貧を良しとする価値観などが共通しています。厳密にいえば、スクール創設者の子孫らは上流階級ですので、そのカジュアルさの度合いや価値観にも多少の開きがあるといえますが?。
ですから、オルタナティブタイプとはヒッピー(愛と平和)、グリーン(エコロジカル、自然志向)、スピリチュアル(物質文明より精神世界を重んじる)などが渾然一体となったような価値観をもつ人々のことであり、40年代後半〜50年代前半生まれの世代が、あの時代に経験した文化の流れをうけて自らを形容しているものと思っていただければよいと思います。そうした60年代70年代に血気盛んな若者であった彼らが、時代のブームが去った後でも、根気よく理想社会実現にむかって地味な努力を重ねていった結果が、この街のお店——3軒の自然健康食品店、ベジタリアンレストラン、ナチュラルヘルスセンター、仏教コミュニティ、エコカレッジ、学校(シュタイナースクール、フリースクール)として存続しつづけているといえます。
オルタナティブ系おばあちゃん
![]() ダーティントン・カレッジ周囲の農地 |
おもしろいと思うのは、そんな彼らを引っ張るようなかたちで支えていた(いる)20〜30年代生まれのおばあちゃまたちの存在です。
この街にはそんなオルタナティブ系おばあちゃんたちも元気に暮らしています。IFA(*)の創設に関わったパトリシア・デイビスさんやネイティブアメリカンの文化を講演して伝えていたデッタ・ラングさんなどがそうです。私が語学留学生だった頃(10年前)、お世話になったホストマザーもアメリカのマクロバイオティックコミュニティを転々として暮らした経験をもち、60代になってから詩でバース大学の修士課程を修めたようなひとでした。英国のオルタナティブは、封建的な時代にうまれた自立心旺盛な女性たちの中に起こった魔女文化の再燃?だったのかもしれません。
いつの時代も目立たずとも常に..そこにあり、時に強く迫害された歴史をもつ対抗文化は、あの時代の若者たちの一時的なファッション..というわけではありません。こうした人々に囲まれて20代の後半と30代をこの街で過ごしている私はオルタナティブ...という独特の空気?を半ば全身で吸収するようなかたちで育ってしまいました...。(笑)
では、次回からはこの街の特色がでている場所、人々などについて順次ご紹介いたしますね。
*International Federation of Aromatherapists
たかだ あやこ Ayako Takada
1967年東京生まれ。都立病院小児科看護師を経て、93年に語学留学がきっかけで英国南西部トットネスに在住。95年トットネス・スクール・オブ・ナチュラルセラピーズにてマッサージ・ディプロマ取得。現在は自宅でのマッサージ施術の他、コーディネートや逐次通訳、イベントで和食のケイタリングを引き受けるなど「好きなことを中心にした暮らし」をしている。2003年より帰国時を利用して看護職を対象にしたホリスティック・ケア・ネットワークの合宿を穂高養生園にて開催。今年9月に英国緩和ケアとホリスティックを体験する7日間ツアーを在英、日本人アロマセラピストと組んで開催予定。
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トットネスの街を象徴する