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「対抗文化」と「代替医療」
part1「持続可能性」は「対抗文化」から生まれた。

上野圭一(翻訳家・CAMUNet副代表)

 21世紀の大きなキーワードの一つ「持続可能性」。これは地球環境といった大きな問題から、わたしたちの食や健康に関する問題まで、広く関わってくることばです。しかし、このことばがいつ、どこから、どのような意味を持って出てきたのか——。

 

彼我の「代替医療」に感じる温度差

上野圭一 昨日、日本の代替医療や、代替医療と現代医学(近代西洋医学)を統合しようといういわゆる統合医療運動を先頭に立って引っ張っていらっしゃる先生方が集まってディスカッションするというシンポジウムがあって、ぼくもコーディネーターとして呼ばれて、司会兼発言者みたいなかたちで参加したんですが、参加者が五百人ぐらい、うち四割程度が医療関係者で、なかなか話もにぎやかでした。

 しかし、そういう場にいて、いつもぼくが感じることがあるんですね。それは何かというと、いま日本で代替医療や統合医療というものがようやく動きだし、その中でもとくに医者を中心とする既成の医療の世界の中に、そういったものに対する関心が生まれてきて、日本の医療も少しずつ変わろうとしている。その現実を大変喜ばしいことだと感ずる一方で、何か違うんじゃないか、日本のそうした動きの中でいわれている代替医療というものと欧米でのそれとはかなり温度差があるのではないか、ということなんです。

 それで昨日は、最後のパネルディスカッションで司会の分を超えてしゃべりすぎたらしく、「パネリストの方にも発言させてください」と書かれた紙が回ってきた(笑)。

 その温度差というか、日本の医学界で代替医療への関心が高まるのはけっこうだけれども、問題があるぞ、とぼくが感じているわだかまりが、一言でいえば「対抗文化」と「代替医療」、英語でいえば「カウンター・カルチャー counter culture)」と「オルタナティブ・メディスン alternative medecine」の関係性のことなんですね。

 

欠落している「対抗文化」認識

 この「対抗文化」といわれているものと「代替医療」には非常に深いつながりがある、という認識はアメリカやヨーロッパの人たちにはおそらく常識で、どの代替医療に関する文献を見ても、「代替医療は対抗文化の中から生まれた」というような記述から始まっているのが普通です。したがって、代替医療に関わっているほとんどの人たちはそういう認識の中で仕事をしています。

 ところが日本の場合、その部分の認識が欠落していて、代替医療については、たとえば"アメリカの政府機関であるNIH(国立保健研究所)に専門セクションができて、そこに研究調査補助の予算がどんどん流れ込んでいる"というような事実があって、だったら日本でも何とかしなければ……というようなことから着目し、そっちのほうに流れていっているという傾向が非常に強いんですね。つまり、アメリカやイギリスに遅れてはならない、という動機から代替医療に対する関心や動きが始まっている。

 あるいは、この一年ほど代替医療に関する本もけっこう出ていて、いまの出版状況からすると珍しい小さなブームになっているけれども、そこで言われている「代替」というものについても、やっぱりどうも十分な理解が行き届いていないな、と感じています。

 つまり、「対抗文化」も認識されず、また「代替」ということばの意味もある種誤解されたまま、日本に代替医療が根づこうとしているように見えるわけで、ぼくのようにずっと「代替」「オルタナティブ」ということに着目してきた人間からすれば、そこに大きな危惧を感ぜざるを得ないんです。

 そもそもカウンター・カルチャーの「カウンター」と、オルタナティブ・メディスンの「オルタナティブ」という二つのことばは、ほとんど入れ替え可能な、非常に互換性の高いことばなんです。このことをちょっと憶えておいてください。

 

「カウンター」が意味するもの

 いま対抗文化とかカウンター・カルチャーということばを聞いてピンとくる人には二つあると思います。一つは自分が若い頃にいろんな分野でそうした文化の洗礼を受け、そしてその影響を自分の生き方の中に何らかのかたちで抱えながらきた中年以降の人たち。もう一つは、じつはいまの十代、二十代で、たとえば彼らに人気のアウトドアスポーツブランドに「カウンター・カルチャー」なんていうのがあるんですね。そうした入り口から興味を持っている、というような人たち。この二つの世代があって、その上と中間というのはあまり興味がないというか、聞いたこともないという人も多く、日本ではそもそも広く認識されたものではないといえます。

 しかしながら、ぼく自身は七〇年代に日本でもカウンター・カルチャーというものがかなり盛りあがり、一定の動きを示したということをそばで見ていますし、仲間もたくさんいて、その中にはいまだに活動を続けている人たちも多い。そして、その中からたしかに代替医療的なものも生まれていました。

 一例を挙げるなら、東京・西荻窪にある「ほびっと村」という場所。ここは七〇年代半ばにできたと思いますが、一階がオーガニックの八百屋さん、二階が一階で売っているような有機食材を使った料理を提供するレストラン、三階がブックストアとクラスルーム(教室)で、教室はヨーガや瞑想——どちらも代替療法の枠組みの中にあるものです——など、いわゆるオルタナティブな生活に必要だと思われるようなことを教えたり学んだりする場になっており、本屋はもっぱらその分野に絞り込んだ本だけを扱っている……という、欧米ではよくあるカウンター・カルチャーの拠点スタイルを取っているんですね。

 では、ここでいう「カウンター」とは何か。
「アンチ」ということばがありますね。日本語にすれば「反」。ある一つのアクションが出てきたときに、それに反対する"アンチ"の運動が出てくる——それが六〇年代までの世の中の動き方だったと思います。たとえば保守的な勢力があれば、それに対して革新的な勢力がぶつかっていく、というかたち。それでバランスを保とうとしたのだろうと思いますが、どうしてもその"反"体制、"反"権力、"反"文明という運動のやり方は破壊を伴う。流血を伴ってしまう。

 いま世界のあちこちで起きているテロの問題はその典型ですが、そうではなくて、暴力を起こさない、流血を伴わない、破壊をしない、そしてある一つの力に対して"対抗"する価値を生み出すことで状況を変えていこう——それが「カウンター」という考え方で、こうした考え方が出てきたのが欧米では六〇年代後半から七〇年代の初めぐらいでした。 同じ革命をめざすにしても、敵視する権力を暴力的に倒して自分たちが取って代わる、というのではなく、もし自分たちが革命を起こすとしたらどういう社会をつくっていくのか。市民一人ひとりがどういう生き方をし、どのような社会システムを築いて、それをどのようにして広げ、どのように次世代に伝えていくのか、そういったトータルなビジョンをまず持ち、それに役立つことを、いま、この場で始めよう。自分が生きているこの場所で、いまやろう。

 ——そういう一つのプロボーザル(提案)がカウンター・カルチャーの「カウンター」という意味であり、簡単に言えば対抗文化を起こした人たちの戦略だったわけです。

 

「持続可能性」から「代替」へ

 こうした気分、あるいは同じような志を持った人たちが社会のさまざまな領域にいて、動き始めた。そのときに彼らが共通認識として持っていたというか、創り出したことばでもっとも知られているものが「Think Globally Act Locally(地球的に考え、地域的に活動しよう)」というものでした。ビジョンはグローバルに持とう。そして活動はいまここ、それぞれの拠点、それぞれの生活の場で行おう——。そして、このスローガンの中から、「Sustainability(持続可能性)」ということばが生まれています。当然です。グローバルに考え、地域的に活動するのであれば、自然環境の破壊や人間の体内環境の汚染という問題を抜きにしてはできないはずだからです。

 この「持続可能性」ということばや考え方は、いま国際的な環境を中心に活動している人たちの標語になっています。昨年夏に南アフリカのヨハネスブルグで開かれた国連の環境・開発会議、いわゆる「ヨハネスブルグサミット」の正式名称は「World Summit on Sustainable Development 」(WSSD:持続可能な開発に関する世界首脳会議)といいます。このことばをスローガンとする環境サミットはその前が京都、その前がブラジルだったわけですが、この考え方の基になったものは、じつは六〇年代後半から七〇年代初期にかけて起こったカウンター・カルチャーから生まれた考え方だったわけです。

 しかし、"持続可能な社会"というビジョンに立って地域的な活動をしていくとすれば、価値観を変えなければなりません。というのも、いままでの価値観でやってきたことが招いた結果が、環境問題に限らずいまの地球上のさまざまな問題だからで、したがって、カウンター・カルチャーの思想は「現状に代わる、より持続可能なもの」「現状に代わる、よりエコロジカルなもの」をめざしました。
 この「現状に代わる、より持続可能なもの。よりエコロジカルなもの」という意味を、彼らは「オルタナティブ(代替)」ということばに付与し、言い表すようになります。

「カウンター」と「オルタナティブ」は互換性がある、といったのはこのことで、どちらもただ単に"現状に代わるもの"だけではない、なおかつ"より持続可能なもの""よりエコロジカルなもの"というニュアンスがある……というより、それが最初から動機として対抗文化は始まった。そして、その中で起こってきた医療分野のことが、いま「代替医療」と呼ばれているものなんですね。     

(2002年9月28日)

うえの・けいいち
1941年生まれ。早稲田大学英文科、東京医療専門科卒。翻訳家・鍼灸師、総合健康研究所主宰。日本ホリスティック医学協会副会長、CAMUNet(代替医療利用者ネットワーク)副代表。著書に『ナチュラルハイ』『ヒーリング・ボディ』『聖なる自然治癒力』、訳書にアンドルー・ワイル著『癒す心、治る力』などワイル博士の著作をはじめ多数。

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