What's CAM?
<spirituality>ということばをめぐって
vol.1 「存在の大いなる連鎖のなかの自己」という目覚めこそ。
上野 圭一
WHO(世界保健機関)が、かの有名な「健康とは身体的・精神的・社会的に満足すべき状態をいい、たんに病気や障害のないことではない」という〈健康の定義〉の書き換えを迫られている。この定義自体、もっぱら「身体的」(フィジカル、つまり物質的)な健康のみに関心を向けがちな現代医学の限界を指摘し、ホリスティックな健康観に向かおうとする積極的な姿勢から生まれたものだったが、21世紀を目前にひかえてWHO理事会の一部勢力は、これでも健康のあるべき姿を表現することはできないとして、つぎのように提案したのである。
「健康とは身体的・精神的・社会的・霊的に満足すべき力動的な状態をいい、たんに病気や障害のないことではない」
「力動的」は、健康が静的・固定的なものではなく、身体性・精神性・社会性・霊性相互のダイナミックな平衡運動のなかにあるものだという意味であり、生命の本質を考えれば理解しやすいが、では、「霊的」(スピリチュアル)とはなんなのか、これをどう理解すればいいのかが、いま各方面で問題になっている。日本においても、厚生省や日本赤十字社などの保健機関、学会、マスコミによって、「スピリチュアル」をどう訳すべきかの検討が、「霊的」という日本語の妥当性の検討をも含め、いささかの困惑とともにはじまっているらしい。
ちなみに、翻訳家の立場からいえば、この場合の「スピリチュアル」はストレートに「霊的」と訳すのが適当であり、「スピリチュアリティ」の訳語は「霊性」が妥当であると思われる。それらの訳語を当てることにたいする抵抗感は、つね日頃、霊性について考える機会が少なく、そのことばに馴染みが薄いことから生じる、いわば“喰わず嫌い”的な抵抗感であり、多少なりとも知性や感情や意思の限界を自覚した経験をもつ人なら、「フィジカル」を「身体的」、「メンタル」を「精神的」、「ソーシャル」を「社会的」と訳すのとおなじように、「スピリチュアル」を「霊的」と訳して違和感がないはずである。
その一方で、健康の定義に「スピリチュアル」ということばを添えようとする態度にたいして、「ユダヤ・キリスト教の独善」と批判する向きもあるようだが、それは反ユダヤ・キリスト教イデオロギーの感情的な批判でしかない。特定の宗教への信仰帰依は霊性への目覚めが契機になることはたしかだが、霊性は宗教そのものではないからだ。霊的な目覚めはかならずしも宗教に向かうとはかぎらず、無宗教だが高い霊性をもち、没我的・利他的な人生を送る個人は世にいくらでも存在する。ユダヤ・キリスト教にはユダヤ・キリスト教の霊性が、イスラム教にはイスラム教の霊性が、仏教には仏教の霊性が、そして無宗教には無宗教の霊性が歴然と存在している。
では、霊性とはなにか?
知性は分別であり、感情や意思にはその対象があって、ともに二元的な心的作用だが、霊性は分別をこえ、主客の区分をこえ、個をこえた自覚そのもののことである。自覚とは自己が真の自己を覚ることだとすれば、生態系のつながりをふくむ存在の大いなる連鎖のなかの自己への目覚めが霊的な目覚めのはじまりであり、存在の根底にあって、知・情・意という心的作用の二元性をひとつに束ねる統一原理が霊性であるという了解が生まれてくる。存在や死にまつわる根源的な不安や苦痛にたいして、知・情・意は無力である。根源的な不安や苦痛を癒すものがあるとすれば、それは存在の大いなる連鎖のなかの自己という、霊的な自覚をおいてほかにありえない。
そのような認識に立ったとき、健康の定義に「霊的」と「力動的」というふたつのことばが添えられるのはけっして奇異なことではなく、むしろ、よりホリスティックな、成熟した健康観にもとづくものであると受けとることができる。
![]() 日本的霊性 鈴木大拙著 岩波書店 |
74歳のときに書いた『日本的霊性』で、鈴木大拙は「我らの生活そのものを何か意味づけて考えてみようとすると、どうも霊性というようなものを想定すると話がわかるのである。決してそんなものを固定化してはならぬ」といいながら、「霊性の奥の院は、実に大地の座に在る」と、つぎのような比喩で説明している。
「生命はみな天をさしている。が、根はどうしても大地におろされねばならぬ。大地に係わりのない生命は、本当の意味で生きていない。天は畏れるべきだが、大地は親しむべく、愛すべきである。大地はいくら踏んでも叩いても怒らぬ。生まれるのも大地からだ。死ねば固よりそこに帰る。天はどうしても仰がねばならぬ。自分を引き取ってはくれぬ。天は遠い、地は近い。大地はどうしても母である、愛の大地である。これほど具体的なものはない」
うえの・けいいち Keiichi Ueno
翻訳家・鍼灸師。CAMUNet副代表。日本ホリスティック医学協会副会長。主な著書:『ナチュラルハイ』(ちくま文庫)、『ヒーリングボディー』(サンマーク文庫)、『聖なる自然治癒力』(浩気社)、『いまなぜ「代替医療」なのか』(CAMUNetとの共著。徳間書店)、『代替医療』(角川プラスワン新書)など多数。主な訳書:『人はなぜ治るのか』『太陽と月の結婚』『ワイル博士のナテュラルメディスン』など、アンドルー・ワイル博士の著書を中心に多数。
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